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ワンキャンパスで学んだ先輩たちのストーリーを大学生のインタビューでお伝えします。

Stories - 卒業生インタビュー - 企画について

【目的】
成城学園同窓会は、同窓生相互の親睦を図り、かつ母校の発展に協力することを目的として設立され、
これまでに多岐に亘る事業活動をしてきました。
事業活動の1つとして学生支援も行っています。

今回は、経済学部の境新一先生のゼミ生と連携し、
「実社会に向けて見識を深められる機会を提供できれば」という学生ファーストの視点で、
各業界で活躍中の卒業生へのインタビューを通じ、社会人形成期にあらたな発見と知見を拡げられる
支援を企画しました。

第9回卒業生インタビュー

取材日時:2023年6月29日(木)13:00~14:30

取材相手:フランス食品ブティック タルタニアン 経営管理 亀井美希氏(50回文芸)

 

Qどんな学生でしたか。
大学時代は部活には入っていましたが、キャンパスライフを謳歌するよりは、好きなことをもっと突き詰めるために学外によく出ていました。
「スポーツを仕事にするって何があるのだろう」ということで、様々なスポーツに関わる活動やアルバイトをしました。水泳部だったこともあり、アルバイトではプールの監視員などをしていました。
とにかく「好きなことを形にするにはどうしたらいいのだろう」と考えている学生でした。

 

Q大学時代の中で1番の思い出の出来事はどんなことでしたか。
学生時代に言われたゼミの先生の言葉がものすごく今でも私の中に残っています。私は文芸学部の文化史学科に入学して、吉原健一郎先生のゼミに所属していました。
ゼミの中で教授がおっしゃった「昨今の学生は 将来に役に立つ、役に立たないという選択肢で学業を選択するけれど、わざわざあなたたちは大学まで自分の意志で選んで来ています。高等教育を終了し、大学で学びたいと思って来ているのであれば、その選んでいる学業が将来の仕事に役に立つかどうかはわからないけど、絶対に無駄になることはないのだから、一生懸命学業を楽しんでほしい」という言葉でした。
大学生活をもう少しエンジョイしようかなという考えに切り替わったきっかけとなったこの言葉が、1番の思い出になっています。

 

Q学生時代、特にどのような勉強に力を入れていましたか。
そうですね。歴史が好きだったので文化史学科を選びましたが、私は学科を越えて自分がなるべく面白いなと思うものを勉強していました。

 

Q現在、大学3年生でこれから就職をする業界を決める時期なのですが、どのように業界を決めましたか。
吉原教授の言葉によって、少しスイッチが変わったとはいえ、海外の大学にスポーツマネージメントの留学をすることを希望していましたので、就職活動や業界研究はおろか、会社説明会は1度も行きませんでした。
結果としてなぜ就職を選んだかというと、スポーツの仕事を生業にすることを、一番身近な家族にすら私の言葉で説明と説得ができなかったからでした。企業に就職を決めたのは、アルバイト中に、サッカーチームの親会社の役員の方と出会ったことでした。
その方が「就職決まってないのであれば、まだ面接も募集もしているから必要であれば受けに来なさい」と言ってくれました。その後、書類を出し面接を経て内定をいただいたので、そういうご縁もあるのかなと思い、その企業に最初で最後の就職をしました。
どのように業界を決めたかというと、高校時代にうっすらと感じた自分の好きなことが点と点で繋がり、決め手になったのではないかなと思いました。

 

Q実際に就職して働いてみて、自分が思い描いていた理想とのギャップはありましたか。
あまり就職に対して意識のギャップはありませんでした。
なぜならそこまで就職について想像していなかったからです。

 

Qではなぜフリーランスという働き方を選んだのですか。
フリーランスになる前に就職した会社は、三菱商事とフランスの大手食品会社が合併した会社で、大企業の資本力もありながら、割とベンチャー気質もありました。さらに、外資との合併でもあったので、若手に機会を与えてくれるような土壌がありました。
営業部に配属された後は、スポーツ選手の食を通じてサポートする専属の部署に配属されたので、プロスポーツチームを訪問したり、大学の部活動の寮に行ったり、駅伝が強い大学にご挨拶に行ったりなど、日本全国中を動き回っていました。ではなぜフリーランスになったかというと、きっかけは2011年の東日本大震災でした。
就職して5年目になる年でした。汐留の会社がある高層ビルが大きく揺れる姿を見て、好きなことをやり切っているのかなと、震災で直接被害を受けるわけではないけれど、センチメンタルに思うこともあったりしました。同じような災害がまた都市部で起きた時に、それを乗り越えられるイメージが自分の中ではなかなか湧かなかったというのも1つのきっかけになり、会社を辞めようと考えていました。同じ頃、中国への事業拡大により、私の両親が経営する広告代理業や、日中間の企業のコンサルト業務会社に携わる人手が不足しておりました。
その上に大震災が起こり、会社を辞めようと自分の心が揺らいでいるときに、「中国にちょっとでいいから出向いてくれないか。」と両親に言われました。そこで渡中を決めました。
ではどうして家業に属さなかったかというと、理由は、家業に属すると、家業の取引先としか取引できないと思ったからです。せっかく海外に行くのだったら、自分でもっといろんな会社と取引先として付き合いたいと思いました。家業を継ぐのではなく、家業の取引先と自分が営業した会社が利益相反にならないよう注意をしながら、どこにも属さない自由に自分で仕事を見聞きできるフリーランスとして働くことを選びました。フリーランスとなりこれで12年目になります。

 

Qフリーランスとして働く上で大変だったことをお伺いしたいです。
フリーランスとして中国に滞在をして、苦労しかありませんでした。
会社員という立場から、いきなりフリーランスになったので、指示をくれる上司はもちろんいませんでした。自分で全て決定し、責任を取って選んでいく。いくらベンチャー気質の会社に最初、就職したとはいえ、経営企画の経験がないので誰も支持してくれませんでした。
これが本当に大変だったことでした。ただ、その時の経験がフリーランス12年目に全て繋がっています。今思えば好きなことを仕事にする覚悟がそこで生まれました。大切なことは、中国とか日本とか国内外関係なく、相手の立場を深く尊重することだということを学びました。そういう気持ちがなければ、何事もうまくいかないなと思いました。これからも相手をリスペクトする気持ちも忘れないようにフリーランスをやっていこうと思います。

 

Qフリーランスの経験を経て、今現在パティスリーの経営をされていますが、転身された理由はなんですか。また、なぜ軽井沢を選んだのですか。
フリーランスとして、中国国内でデータ入力やインターネット広告の効果抽出を主に取り扱う企業に出向き、日中企業間のハンドリングを行っていました。
それで、3年間中国にいましたが、中国経済の人件費がどんどん高騰していき、当時、上海周辺の地域に暮らしていましたが、都市部は人件費が高く、日本の時給と変わらなくなってきました。さらに尖閣諸島などの問題もあり、日中間の国交が悪化している最中でした。
自身の体調悪化が加わり、中国の事業を全て精算して帰国しました。
ではなぜ軽井沢で経営を始めたかというと、祖父がよく執筆活動で使っていた軽井沢に山荘があり、そこで静養しているときに今の夫でパティシエという職業の人に出会いました。
以降、軽井沢で事業を始めることになりました。

Q軽井沢に山荘があった以外に軽井沢を選んだ理由はありますか。
軽井沢という地域は、西洋の文化が昔から根付いている町で、夫のパティシエという職業にぴったりでした。さらに夫婦にとって愛着がある唯一無二の場所でもあるので、軽井沢という地域を選びました。

 

Qブティックというと、洋服などのイメージが強いのですが、亀井さんが経営されている食品ブティックとは具体的にどのようなものですか。
ブティックというと日本では洋服店が主に挙げられますが、フランス語の「boutique」に由来し、小さな専門店を表す言葉です。
タルタニアンではパティスリーだけではなく、デリ惣菜も取り扱い前菜からデザートまで一貫して提供しているフランスの食品に関する小売店です。小さなデパ地下をイメージしています。

 

Qパティスリーの店舗経営を行う上で1番大変だったことは何でしたか。
フリーランスという立場なので、仕事があるだけですごく有り難いです。だから店舗経営でもそうですし、フリーランスでもそうですけど、最終的な答えとしては、大変なことはありません。
強いてあげるのであれば、経営者やフリーランスは、身一つで不安定なので、体が丈夫であるということはとても大事だと思っています。これまでと現状を振り返ると毎日がすごくやりがいがあり、楽しいので大変なことはあまりありませんでしたし、今もありません。
唯一あげるなら、体を丈夫に保ち続けることですね。

 

Q自分も将来、お店を経営してみたいのですが、学生時代からできることはありますか。また、経営者になるためには具体的に何をすれば良いか教えて下さい。
毎日訪れる場所であったり、自分の好きなお店であったり、
「常に自分がそれを経営したら」と想像展開をすることが大切だと感じますね。バイトの一員ではなくて、自分がお店の店長ないしそれ以上のリーダーになった時を想像して、1日に訪れるお客様の人数や客単価、テナント料などを、どこのお店に入っても想像する。
加えて、それを想像するだけではなくて、「自分がそのお店の経営者だったら、こういうアイディアを落とし込むのに」という部分を探すことが大切です。
例えば、洗面所に行くまでの動線が悪いから、「こういう作りにすればお客様が動きやすくなるな」とか、「回転率がいい客席になるな」とか、自分だけのアイディアをどんなお店に入っても想像すること。そして、その訓練をすることがとても大切です。

これには理由があって、経営をするにあたって経営計画書というのは必ず策定するものなんですね。
銀行や投資家に説明をする時に、正確な事業計画と他にはないアイディアを盛り込めればその経営計画書は、すごく質のいい計画書になってくるんです。
本来、1日1000人の集客があるところを「今日は忙しかったから、大体平均して1500人かな」としてしまったら、経営計画書の中に事実と違う情報を入れ込んでしまうことになります。
実際の売り上げと異なる売り上げを計上することになります。
そうなってしまうと、資金計画が変わってきてしまうんですね。そういった意味でも、常に想像の訓練をすることは必要だと感じます。

Q現在の仕事に活かされていると考える成城での学びを教えて下さい。
これは「タルタニアン」の店舗を軽井沢に選んだ理由にも繋がってきますが、 1つ目は小学校の頃の担任の先生が初等教育に自然教育を落とし込んだ理念を持った教育方針だったことが大きいです。
成城の初等学校は自然教育をとても大事にしていたので、その影響が私の中ではとても大きいのは事実です。
軽井沢は都市的な部分もありますけど、地方都市の側面も持ち合わせています。成城での経験がなければ、虫とか触れなかったと思いますし、木々を見て「もう少しで花が咲くな」とか、そういう日常に自然を落とし込む考えはできなかったと感じています。

2つ目は、私たち夫婦が、海外での生活で苦労したこともあって、夫婦の価値観がとても似ているんですね。
その価値観が、「今ある環境を受け入れて、目一杯楽しもう」、「文句や不平不満を言うのではなくて、とにかく楽しもう」というウェルビーイングの考え方なんです。
ウェルビーイングって、簡単に言うと心身ともに健康な状態を維持しながら、自分の幸福を追求して、それを高めていくことなんですけど、その価値観 が、私たち夫婦のキーワードになっています。
これが成城の建学の精神でもある「独立独行」、自分の信じる道を自分で切り開いていくっていう精神からきているのかなと思います。

 

Qフリーランスの仕事をする亀井さんが大切にしていることを教えて下さい。
経営者としては、自分が好きで正しいと思うことと、市場から求められるサービスの提供、この2つのバランスがとても大事だと考えています。
夫はパティシエというフランス菓子の専門の職人なので、ショートケーキのような日本で生まれたお菓子はお店に置かないんです。これは自分が好きで正しいと思うこと。そうすると、日本ではケーキと言えば安定のショートケーキを求めているお客様はお店に来なくなってしまう。
こちらが市場から求められているサービス提供。この両者のバランスを取ることがとても大事なんです。
どちらか一方を選ぶのでは売り上げが低下してしまう。反対に周りに求められているサービスばかりをすると、自分が正しいと思っている本筋がぶれてしまうので、提供するサービスの低下に繋がります。例えば先ほどの話だと、ショートケーキは店舗では出さないけれど、お子さんのお誕生日とか何か記念日の時のホールケーキはご予約があればお作りしますという形を取っています。これがバランスです。
そういうバランスが上手く取れる瞬間がとても大事だし、自分自身も好きなので仕事をする上で大切にしています。

 

Q経営管理を行う方の目線から見て、インターンや就活に取り組む学生たちに何かアドバイスはありますか。
インターンや就活に取り組む学生のアドバイスという意味では、協調性と同調性という言葉があり、協調性がある方は、日本の企業を将来の選択肢として選択されているイメージがあります。
なぜかと言うと会社ってチームで動くので、協調性がある方はそういった評価対象になることも多いと思います。そして、相手の意見に同調や尊重をした上で協調ではなく自分の個性が上回っているなと感じる場合は経営者や外資企業を選ばれる方が多い印象を私は受けます。

 

Qフリーランスとして仕事をする中で楽しいと感じる瞬間を教えて下さい。
先ほど大切にしていることの中でお話した内容と同じです、私は経営するにあたって、市場から求められることと、自分が本当に好きで正しいと思うことのバランスが上手くいく瞬間がすごく好きで、楽しいと感じています。
そして、夫がバランスを取ることに長けている身近な存在です。
彼の座右の銘は「今日より明日、美味しいものを作ること」なんです。
20年間パティシエという仕事に関してコツコツと鍛錬している姿であったり、お客様から求められていることをうまく自分の作品に落とし込みながら、毎日好きなことをずっとし続ける人間は生き生きしていてとても楽しそうだなと思います。

 

Q亀井さんは、将来どのような人材を必要とされるでしょうか。
こればかりは、AI社会になっていくとすごく変わっていくと思います。
今必要とされることと、将来的に皆さんが活躍されていくときとでは、人材像が異なってくると思うんですけれど、すぐ近い将来で人間にしかできなかったことが、AIがデータを基に金額算出や法律を加味した説明事項を実施してくれると思います。なので、人材像は正直なところ、今を軸に答えます。
今私が思う必要とされる考え方に関しては、常に自分の状況や情報を的確に冷静に把握することが重要だと思います。
あまり長期の未来を予想するのではなく、短期的な未来を想像すること。自分の進むべきことを冷静に予測ができる力は今もこれからも求められると思っています。

 

Q卒業し、社会に出てから思う今の成城生の強みはなんだと思われますか。
成城生の特徴としては、自分の芯を強く持っている方がすごく多いなと感じています。
個性尊重の教育の中で自分の芯の強さを見出して、周囲に愛される性格の人が多いのが特徴です。その魅力は社会に出てからも仕事に直接的に影響してくるものなので大切だと思います。

 

Q最後に、今の大学生に伝えたいことはありますか。
皆さんには、自己肯定感を上げる気づきをこれからもっと追求して欲しいと感じています。
これから社会に出ていくにあたって、きっと様々な問題に悩んでいくし、同時に理不尽な思いをすることもあると思います。
そこで、自分を誰かと比較するのではなくて、
「自分が満足した人生を歩めているか」を常に考えて欲しいです。
他にはSNSを定期的にアップしている人って継続性があると思うので、好きなことを高みに持っていくことができる性格だな、これは結構経営者向きだと感じます。
逆に、具体的な将来設計がある人は、企業への就職がすごく向いていると思うんです。
例えば、「将来は家族と一軒家に住みたい」、「海外駐在もしたい」といった明確な人生設計を描いていると、経営者は突如として崩れる可能性が結構多いんです。
そういう意味では、どちらの道を進んでも、自分の努力と選択の方法によって、また別の方向に選ぶこともできるということを忘れないで欲しいです。

Q亀井さんの今後の展望を教えて下さい。
先ほどの将来像を聞かれた質問でもお答えしたとおり私は長期的な未来をあまり定めていません。「今」が私にとってとても大事なので、この一瞬に満足できているかどうかを大切にしています。
またコロナ禍で経営状況が読みづらくなっている中で、いくら具体的なプランを練っても10年後にそれ通りになる可能性がとても低くなっています。あまりそこに時間をとらわれないようにしていますね。
そして、経営している食品ブティックの店舗である軽井沢においては、大都市と違って地方都市での特徴でしょうが、競合他社が比較的少ないんです。その分野にないお店を経営すると優位性が必然的に上がる訳です。
例えば、パティスリーだけは軽井沢の中に何件かあるかもしれないけれど、お惣菜やパンまで置いているお店に絞ると、「タルタニアン」だけなのでとても優位性がある。そこに加えて、小売業以外にも、私たちはホテルやゴルフ場への卸売業もしているんです。
様々な柱があることによって、もし1本が折れてしまったとしてもリカバリーできます。私はフリーランスなので自分の広告代理業を行いながらパティスリーの経営も同時進行で行う事ができるという多数の柱で人生を支える強みがあると思っていますし、これを継続していきたいと思っています。

 

編集後記

第9回卒業生インタビューでは、フリーランスとして広告代理業を行いながら、軽井沢でフランス食品ブティック「タルタニアン」を経営されている亀井美希さんにお話を伺いました。
亀井さんは成城学園の個性尊重の教育方針を通して、自分の好きな事をとことん突き詰め形にする努力を惜しまないことの大切さを学んだとおっしゃっていました。
そして、今回のインタビューでは、自己肯定感を上げることの大切さ、自分の好きな事を極めることの大切さを学ばせていただきました。また、亀井さんが大切にされている「ウェルビーイング」の考え方や「今日楽しければ明日も楽しいし、1年後も楽しい」という言葉はコロナ禍で活動が制限されてきた私たちにとって、とても印象的でした。今回のインタビューも非常に貴重なお話を伺うことができ、学びの多い時間となりました。

成城大学経済学部 境新一ゼミ

吉田来哉(経済学部3年)
大滝祐太(経済学部3年)
常山大地(経済学部3年)
細川 凜(経済学部3年)

前列左から 境新一先生、亀井美希氏、細川凜
後列左から 常山大地、大滝祐太、吉田来哉、大嶋久幸(常任委員長)、本田敏和(事務局長)