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【Stories - 卒業生インタビュー -】第19回 東海大学 特任講師 高木まどか氏

ワンキャンパスで学んだ先輩たちのストーリーを大学生のインタビューでお伝えします。

Stories - 卒業生インタビュー - 企画について

【目的】
成城学園同窓会は、同窓生相互の親睦を図り、かつ母校の発展に協力することを目的として設立され、これまでに多岐に亘る事業活動をしてきました。
事業活動の1つとして学生支援も行っています。

今回は、経済学部の境新一先生のゼミ生と連携し、「実社会に向けて見識を深められる機会を提供できれば」という学生ファーストの視点で、各業界で活躍中の卒業生へのインタビューを通じ、社会人形成期にあらたな発見と知見を拡げられる支援を企画しました。

第19回卒業生インタビュー
取材日時:2026年6月1日(月)16:15~17:45
取材相手:高木まどか氏(49院文博後)東海大学 特任講師

Q.文芸学部文化史学科を選ばれたきっかけを教えてください。

A.民俗学を学びたくて成城大学を選びました。
民俗学に興味を持ったきっかけは、『木島日記』という漫画を読んだことです。その漫画は、筑波大学の第一学群人文学類を卒業された大塚英志さんが原作を書かれているのですが、民俗学の歴史的背景や、戦時中の様子も合わせて描かれており、とても面白く感じました。
民俗学を専門とする学科を持っている大学は国内でも少なく、自分の偏差値や通える地域を考えると自ずと志望校は絞られました。ホームページ等の情報を見た際、成城大学が魅力的に感じました。

Q.どのような大学生活を送っていましたか?

A.アルバイトを優先したりなど、大学にあまり真面目に通っていませんでした。ただ、中村理香先生(所属:経済学部)のジェンダー系の授業など、ピンポイントで興味を持つ授業には真面目に取り組んでいました。「大学生活は、自分で自由に時間を使っていいもの」とおっしゃる先生方が多くいらしたので、講義を休んで美術館に行ったりもしていました。

Q.研究者としての原点のようなものは、大学時代にありましたか?

A.「原点」という言葉が当てはまるかはわかりませんが、教えを請いたい先生がいて、この人を目指したい、できるだけお話を聞いておきたい、という気持ちがあったと思います。私にとって指針となるような先生は、外池昇先生でした。大学院に進もうかなと思ったのも外池先生がいらっしゃったからです。学生が来ても全く嫌な顔をせず応対してくださっていました。いつ行っても受け入れてくれる空気がとても心地よかったのだと思います。

Q.成城大学の大学院に進まれたきっかけを教えてください。

A.4年生のときに外池先生と話していた中で、大学院に進みたいと思うようになりました。就職活動は一応進めていたのですが、やっぱり研究が楽しいな、という気持ちがあり、内定が取れても少し悩み、最終的には、そんなに急いで就職しなくてもいいかなと思うようになりました。
大学院に行き、研究者を目指すようなハングリー精神はなく、なんとなく、勉強が楽しいから院に行こうかな、という感じでした。

Q.大学院に進学されて、当時の同期の仲間たちからの刺激やサポートは、どのようなものがありましたか?

A.成城生とは全く雰囲気の違う先輩方が他大学からたくさんいらしていたので、先輩方から大きく刺激を受けていたと思います。中でも本当にスーパーマンのような先輩がいらして、成城で自由にのんびり育ってきた私には、その先輩の発言や、作ってくる資料などがとにかくすごいと感じられました。最初は「その先輩に追いつきたい!」というような、先輩から学びたいところがたくさんあったように思います。
先生たちとの距離も近くなるので、先生のすごさを改めて感じる機会も増え、その先生に近づきたい、という気持ちがありました。同期や仲間よりは、少し上の世代の先輩に感化されたところが大きかったかなと思います。

Q.博士号を取られた後、国文学研究資料館、東京都公文書館の専門員や、市史編纂調査員など、様々な機関で幅広く活動されてきましたが、そのような経験は今の研究にどう影響していますか?

A.一番の影響は人との出会いです。初めて働いた国文学研究資料館で出会った先生に大変お世話になりました。
一般的に、歴史学を扱う大学の大学院生は、先輩からアルバイトをもらい、そのアルバイトで研鑽を積んで大学教授になるというような道を辿るようなところがあるのですが、成城大学は、十年~二十年前に博士論文を出した先輩が一人二人いる程度で、知人といえる先輩がほぼいない状況で、道標となるような先輩が身近にいませんでした。
成城大学は、民俗学のネットワークにはとても強いのですが、「成城って歴史学あるんですか?」と未だに聞かれる程、歴史学の知名度が低く、ネットワークは希薄なので、国文学研究資料館で出会った先生との出会いが、今の私の活動にすべて結びついていると思います。その先生から様々な道の人の紹介を受け、知り合いが増え、バイト先などの世界がどんどん広がっていきました。単に知り合いが多ければいいというわけでもなく、信頼できる人と結びつけてくださった実感があり、国文研時代に知り合った方の多くは、今も変わらずお世話になっている方です。

Q.大学の教員のお仕事はすべて一人で進めて完結するイメージがあるのですが、実際のお仕事はいかがですか?

A.仲間と協力して進める方法を取る方もいますが、私には歴史学の同期もいませんでしたので、ほぼ一人で孤独に仕事をしていました。それには悩んだこともあり、外池先生に相談をしていたのですが、「自分が敵」のような形で研鑚を積んでいける利点もあります。 一人で進めることにも、大勢で進めることにも、それぞれにメリット・デメリットがあります。他大学の大学院生の話では仲間同士切磋琢磨し、みんなで一緒に上に行ければ良いのですが、大変優れた人が一人いると、もう自分はダメだ、と、心が折れてやめてしまう人が出てくることもあるようで、なかなかうまくいかないこともあると聞きます。そういう意味で、私は孤独に黙々と進めることが向いていたのだと思います。ただ、一人といっても、院生室で全くの分野違いの方から、民俗学や人類学などの違う視点での意見をもらえたことは良い経験になっています。完全なる孤独ではなく、誰かと手をつないで仲良く勉強しているわけでもなく、時と場合によって程よい協力体制を取って進めている感覚ですね。

Q.大学教員になってみて、学生に教える上で最も大切にされていることは何でしょうか?

A.ある程度放置することを大切にしています。私自身、自由な校風の成城で育ったこともあり、大学生を大人だと思っています。もちろん相談には乗りますが、卒論のテーマ選びを含め、それは自分で考えなさいよ、と伝えています。自主自立性を尊重しながら接していますね。私自身が学生時代にそのように接してもらったことが大きいと思います。
外池先生も、相談には乗ってくださいましたが、最終的に決めるのは自分だからね、というスタンスで接してくださっていました。最後の決断を自分でしないと、考える力も身につかず、自立には繋がらないのではないかと思っています。

Q.「青山なを賞」の受賞や、『吉原遊郭』の出版、大河ドラマ関連の執筆など、研究を広く社会に届けていますが、こうした研究や執筆活動の中でやりがいを感じる瞬間はどんな時ですか?

A.実は、研究そのものにやりがいみたいなものを強く感じることはあまりなく、基本的にはとにかく歴史の史料がとても好きで、昔の人が書いたものがとても面白いと思っているんです。ただ、歴史学科の学生であっても、なかなか原文の史料を読むのは難しいですし、普通に考えたら身近にある漫画のほうが面白いじゃないですか。だから、凄く面白いことが書いてあっても、なかなか気づいてもらえない。でも、本当に面白い資料に出会った時、これはやっぱり人に伝えたい!と思うんです。誰も読んでいなかったような史料を発掘して、それを現代語訳などで人に読んでもらえた時、その史料を世の中に知らせることができた、という意味で喜びを感じることはありますね。
私は論文や研究そのものには正直重きを置いておらず、とにかく史料を現代語訳したり、市民講座で分かりやすく話したりして、人に知ってもらえる部分が一番楽しいんです。本当に史料が好きなんですよ。論文は、その資料を紹介するために何となく書いている、と言ったら失礼なのですが、昔の人の生活がとても面白いので、それがいろんな人の目に触れたらいいなと思いながらやっています。
ただ、一般の方が読むには現代語訳が必須ですし、ただ訳しただけでは、面白くないと読んでもらえるとは限らない。だから、市民講座などで少しでも面白く伝えるための工夫をいつも考えています。

Q.一般の方向けの講座、講演、普及活動にも積極的に取り組まれていますが、その専門的な研究を一般の方にわかりやすく伝える上で意識されているものはありますか?

A.錦絵や当時の絵をたくさん入れ、それがなかったら「いらすとや」などのイラストを使ってこういう事件がありました、など、視覚的に分かりやすく伝える工夫をしています。凄く面白い事件をひとつ紹介するにしても、登場人物が6人も出てくると、文字をただ読み上げているだけでは絶対に伝わらないんですよ。そういった時は、キャラクターの絵をフリー素材から借りてきて、「こういう展開でした」と紹介したりしています。それこそ、大河ドラマの『べらぼう』のコラムでも、ファンの方にいかに分かりやすく伝えるかを意識して、ドラマの写真などを自分で選定してバンバン載せたりしました。
もう一つは、当時の感覚がどういうものだったのかを、生涯をかけて理解していきたいと思っていて、そこは常に意識しています。
史料を読み解くだけならば直感的にできるのですが、例えば史料に「豆腐を食べた」と書いてあったとき、今の豆腐の価値と当時の豆腐の価値は違いますよね。そこが分からないと本当の意味では理解できない。歴史学は究極的に、そのように当時の人の感覚みたいなものを知ることができたらゴールなんじゃないか、と外池先生にも言われたことがありました。
現代の基準から見れば、当時の遊郭の女性たちの生活は人権侵害にあたりますが、じゃあ当時の人はそれをどう感じ、どう受け入れていたんだろうということを、自分のことのようにリアルに思えるようになりたいなと日々思っています。
時間感覚も、昔の人と今の自分たちとでは全く違いますが、そのように今の普通とは違う捉え方があるんだと知ってもらうことで、「要は、今がベストなわけじゃない」ということを伝えたいと思っています。
社会に出て会社に入社しても全く同じだと思うんです。最初に「こういう決まりだから、こうやりなさい」と言われて、受け入れてしまった方が楽だけど、「これ、本当は必要なくない?」と疑問を持って変えていった方が、仕事の効率が上がる事例を私はたくさん見てきました。
「今、自分が普通だと思っていることが、普通じゃない世界もある」ということを知った上で、自分で考えて、より良く生きてほしいなと思っています。「昔のことを知ってほしい」というのは、そういうことでもありますね。「今と違う世界もあったんだ」ということを、知ってほしいなと思います。

Q.今後、新しく挑戦したい研究テーマや、仕事において達成したい目標や夢はありますか?

A.いや、特にないですね。新しく挑戦したい研究テーマというのは、とにかく「良い史料に出会えたら、それをどんどん読んでいきたいな」と思っています。これからもたくさん史料を読んでいきたいなというのが、夢といえば夢です。
最初は遊郭から入ったのですが、今は広く何でもいいからちょっと色々と資料を見てみて、その中で何か自分に引っかかるものがあればやっていきたいな、という気持ちです。まずは最初に研究テーマを決めるというよりも、資料に当たっていくスタンスですね。

Q.研究や教育を通して、現役の学生たちに「これだけは伝えておきたい」と思われることは何ですか?

A.やはり、目標を実現するためには自分で考えることが必要なんじゃないかなと思います。自分でちゃんとやっぱり考えてほしい、それは色んなことを疑ったりとかするのも含めてっていうことですね。
あとは就職も、就職以外にしても、人生長いので、なんとなく就職してもいいと思います。それで嫌だなと思ったらちゃんと辞めるっていう選択をして、次に進むのがいいのではないでしょうか。思い詰めて思考停止に陥っちゃう前に、何か動いてほしいなと思います。

Q.就職活動や進路に悩む成城生に向けて、「学生のうちにこれだけはやっておくべき」というアドバイスはありますか?

A.今は完全に売り手市場なので好きなことをやったらいいと思います。好きなことを仕事にして後悔する人も中にはいるじゃないですか。そしたら方向転換すればいいと思います。
今の時代は人間も減り、35歳ぐらいまでなんか好きなことやっても割と転職は大丈夫じゃない、って思うんです。もちろん公務員をやってみてから転職する人もたくさんいますし、どっちかじゃないと死ぬみたいなことはないと思うし、自分の思うままにやったらいいと感じます。

Q.これからの社会を生きる上で、最も求められる力(マインドなど)は何だと思いますか。

A.それはわからないですね。目標を叶えている人っていうのも、研究者とか先生って別に最初から目指してなる人ってそんなに多くなくて、なんか流れで私みたいになったみたいな人も多いので、目標を叶えたわけでは多分ないと思うんです。
でも、まあ皆さん「自分で考えて動いている」のかなという風に思います。流されるだけではなくてっていうぐらいの解釈です。やはり目標を実現するためにも、就職するにしてもその後にしても、流されずに「自分で立って考えること」が一番求められるのではないでしょうか。

【編集後記】

今回は東海大学歴史学科、日本史専攻の特任講師である高木まどか先生にお話を伺いました。
想像していた研究者や教員という堅いイメージとは異なり、学生時代から自分なりの基準を持ち、興味のある分野へ積極的に突き進んできたお話からは、先生の親しみやすく魅力的なお人柄が伝わってきました。過去から学び現代の生き方を俯瞰して見るというのは、今後生きていくうえでとても役に立つ知識だと今回のインタビューを通して強く実感しました。歴史を通じて今の普通がベストではないと知ることで、自分で考えてより良く生きてほしいというメッセージは、これから社会に出ていく私たちにとって、一歩を踏み出すための大きな指針となりました。貴重なお話を有難うございました。

成城大学経済学部 境 新一ゼミ
稲本 太一 (3年生)
大槻真太郎(3年生)
柳堀 亘希 (3年生)

後列左から 本田敏和(同窓会事務局長)、鈴木小夜子(同窓会常任委員)、菊池凛杏、萩野巴南、中野祐貴、三上修平、菊田龍太郎
前列左から 柳堀亘希、大槻真太郎、高木まどか氏、外池昇先生(同窓会監事)、稲本太一、境新一先生